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2008年6月12日から書いています。毎日朝書くことを習慣にしています。たまに乱れることはあるけれど。
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  最悪の気分で布団から這うように起きる。隣には賢三が口を半開きにして寝ている。ロフトの上から見る風景はさんざんたるものだった。昨日どれだけ飲んだかは覚えていないが自分の今の状態と下のテーブルに並べられた空の缶ビールの量を見れば容易に想像がつく。下には正樹と将が寝ている。ぼくは三人を起こさないようにゆっくりとはしごを降りる。カーテンを開けたまま寝ていたので向かいのアパートの様子がはっきりと見える。「御免くださーい!斉藤さんのお宅ですか?誰かいらっしゃいませんか!」配達人が真ん前に見える部屋のドアを勢い良く叩いていたが、やがて諦めて去っていった。ぼくはゆっくりと着ていた服を脱ぎ、ジーンズを穿き、パーカーに取り掛かろうとしていた。そこで正樹を起こしてしまった。「おう、起きたか。ちゃんとバイトは行けよ。」そして寝返りを打つ。

 鏡の前に行って自分の姿を映す。寝癖はそこまでひどくないが、寝不足とアルコールのせいで顔はひどくむくんでいた。まあ、しかたないな。ぼくは割り切ってテーブルの上を物色する。ペットボトルのウーロン茶をのどに流し込みながら自分が持ってきたものをポケットの中に突っ込む。携帯電話、電車の定期切符、MDウォークマン、家の鍵。他には残っていないことを確認して、ポケットの感触を確かめる。何か足りない。財布だ。テーブルの下、クローゼットと探してから一人で探すことを諦めて正樹を起こす。「なあ、財布がないんだ。探してくれよ。」正樹は面倒くさそうに起き上がる。どうせすぐ見つかるだろうというように。でも二人で探してもなかなか見つからない。そのうちに残りの二人も起きてしまう。そして結局は全員で探すことになる。それでも財布は見つからない。

 「んー、ないなー。」賢三はまだ目を擦りながら言った。「ひょっとして俺の金も入ったまま?」ぼくは力なく答える。「悪い」正樹はテーブルのそばで煙草に火をつけた。そして煙を吐き出してしまってからウーロン茶を手に取る。

 昨日の、まだ酒を飲み始める前のことだ。賢三はぼくに一万五千円を預けた。自分が持っていると使ってしまうからというのが理由だった。ぼくはそれを特に考えもなく受けた。次の朝起きたら自分の財布がなくなっているなんて一体誰が思うだろうか?

 寝ていた布団をたたみ、本格的に部屋を片付けた。それでも財布は見つからない。将が立ち上がって言う。「おれ、自転車でちょっとその辺見てくるわ。」将が行ってしまった後、残った三人は再び部屋の中を探し始めた。「やっぱりあの時じゃないか?」正樹がぽつりと言った。ぼくもその可能性を否定するわけには行かなかった。

 昨晩、もうだいぶ空き缶の数が多くなってきた頃、酒が足りないと言って全員で近くのスーパーに買いに行った。二十四時間営業のスーパーだ。正樹の家からほんの百メートルのところで、四人で歩いていった。ここが良く思い出せないのだが、ぼくはなぜかリュックサックを背負っていた。スーパーでしこたまビールを買った後、ぼくはものすごく気分がよくなっていた。店を出てすぐ、ぼくは勢い良く走り出した。ビールいっぱいのリュックを背負ったまま。約三十メートル走ったところで何かにつまずいて転んだ。そして後ろについてきていた賢三がその上に飛び乗ってきた。将と正樹は歩いていて、散らばった缶を一つ一つ拾い集めていた。ぼくはリュックのファスナーを閉めるのを忘れていた。

 

将が帰ってきた。「どうだった?」ぼくは尋ねる。「なかったよ」将は部屋に入ってきてウーロン茶を手にした。バイトの時間にはもう間に合わないだろう。部屋の中の空気は煙草の煙で薄汚れている。それにアルコールの匂いも混ざっている。「昨日金を払ったときには持ってたんだ」ぼくはその濁った空気に向かって呟いた。「それは俺も覚えてるよ」と正樹。外では雀の鳴き声が聞こえる。どこからか車のエンジン音が聞こえる。

 「自分でもう一回外を見てくるよ」ぼくは靴をはき玄関の戸を開けた。正樹と賢三がついてきた。将はもう一度部屋を探してみると言って残った。二階建てのアパートの階段を下り、道路に出てしまうと何か自分たちが場違いであるかのように感じられた。もう世の中の大部分の人は今日の行動を開始していた。向かったスーパーの近くでは小学生くらいの子供たちが何かのカードについて熱心に話し合っていた。ぼくらが溝や道脇の雑草の影などをいちいち見て回るのを見て、彼らは話を中断した。正樹はすごい寝癖がついていたし、賢三は秋にもかかわらずジャージのハーフパンツにタンクトップという格好だった。ぼくだってひどい顔をしていた。スーパーに着いてしまうと後は引き返すしかなかった。帰りは同じところを見て回ったが、やはり財布は見つからない。「賢三、ホントごめんな。」ぼくはコンクリートを見つめたまま言った。「被害からすればお前のほうが大きいだろう」賢三は慰めるように言った。

 部屋に着くと、将は一人で漫画本を読んでいた。「一通り探したんだけど後はあきらめたよ。」ぼくは流しの水道をひねりながら言った。「こっちも全然見つからなかった」しばらく誰も何も語らなかった。ぼくはテーブルの近くに座って水を飲み、将は相変わらず漫画を読んでいた。賢三は窓のそばで煙草を吸っていた。正樹はテレビのスイッチを入れたが、しばらく画面を見つめてやがて諦めたようにラークの箱に手を伸ばした。そして最後まで吸い終わり、吸殻を灰皿に押し付けてからこう言った。

 「いつまでもこんなことはしていられないな。」

 「おれ、明日から規則正しく生活するよ」ぼくはそれに続いて言った。

 「それ毎週聞く台詞だぜ?」賢三が言った。

 「おまえらは加減を知らないんだよ。」将が漫画本を閉じた。「おれもうそろそろ行かないと」正午近くになっていた。将は用事があるからと言って立ち上がった。「千円ほど貸してくれないか?」ぼくは出て行こうとする将に後ろから声をかけた。「帰る電車賃もないんだ」将は快く貸してくれた。「返すのはいつでもいいよ」

 将が出て行ってしまった後でぼくは正樹の台詞を繰り返した。「いつまでもこんなことはしていられないな。」先週は正樹が近所の家の柵で前回りをして携帯を壊したし、その前は騒ぎすぎてアパートにパトカーがやってきた。さらに前にも、そのさらに前にも思い出すとうんざりするようなことはいくつかあった。

 正樹が言った。「将の言うとおりだな、自分で限度を設定しなくちゃいけないんじゃないか?」「とことん飲むから次の日辛くなるんだよ。ちょうどいいところでやめておけばさ、朝だって起きられるし記憶だってなくならないだろ?財布のことだって覚えていられる。」賢三がそれについて考えを言う。「でもそれで楽しめるか?そんな中途半端に飲んだって盛り上がらないだろう?」正樹が答える。「それが問題だな」

 

「昨日借りてきたビデオ写してくれないか?」ぼくは煙草に火をつけながら言った。一番近かった正樹がビデオを取る。「昨日の夜観てただろ?」ぼくは少し声の調子を明るくして言った。「もう一回観たいんだよ。あれみると気分がよくなるんだ。」正樹は何も言わずにビデオをデッキの中に入れ、再生ボタンを押す。昨日の続きから映像が流れる。「昨日全部観てなかったんだな」賢三がため息をつくように言った。ぼくも正直なところ驚いていた。漠然とではあるが、一度全て観たように思っていた。こんなことも覚えていないじゃないか。しかも誰一人として。

ビデオをつけたもののあまり真剣に観る気にはなれなかった。昨夜見たはずの内容がほとんど頭から抜け落ちていたせいだ。ぼくはそれをなんとなしに観ていた。他の二人も同じ具合だった。観ている側の気持ちとは裏腹に、映画はラストへと向けて盛り上がっていった。賢三がうんざりしたように首を振った後、ふと何かを思い出したように言った。

「そういえばお前、財布の中にカードとか入ってたんじゃないのか?早めに止めないともっとえらいことになるぞ。」

ぼくは財布の中に入っていたものを思い出そうと試みた。キャッシュカード、車の免許証、レンタルビデオ店のカード、その他もろもろ。途中で思い出すのをやめた。

「とりあえず警察に届けたほうがいいんじゃないか?望みは薄いけどひょっとしたら届いてる可能性だってなくはないだろ?」

正樹が言った。ぼくはそれに同意し、手を伸ばしてテーブルの上の携帯をとった。「正樹、警察って何番?」正樹はそんなことも知らないのかというそぶりを見せてからぼくに教えた。「110番」ぼくは電話のボタンを押した。すぐに相手が出た。

「はい、もしもし。事件ですか?事故ですか?」ぼくは少し考えてから言った。

「財布を落としたんですけど」一呼吸居心地の悪い間があいた。電話の相手は言った。

「あの、こちらは緊急用の回線なのでそういったことは近くの交番に連絡してもらえますか?」緊急用?ぼくは言った。

「そうですか。すみません、最寄りの交番の番号を教えてもらえますか?」

「あなた今どこからかけています?」ぼくは正樹に「住所」と口を動かした。正樹が隣で言うことを復唱した。

「ちょっと待ってください……それなら**―****ですね」

「ありがとうございました。」

電話を切った後でぼくは正樹の肩を拳で叩いた。「緊急用回線だから交番に電話してくれだってよ」正樹は悪びれずに、ふーん、とだけ言った。

口の中がどうにも不快だったのでぼくは風呂場に歯ブラシをとりに言った。風呂場には全部で四本の歯ブラシがあった。それぞれが持参したものだ。正樹は女が家に来るたびに言われるそうだ。「あんた、一体普段どんな生活しているの?」

ぼくは二人がいる部屋の鏡の前で歯を磨いた。この家にはそこにしか鏡がないのだ。洗面所にも風呂場にもない。磨いている最中に鏡に移っている自分の顔を眺めていると、左目の脇に何かしみのようなものがついているのに気づいた。左手でそのしみをなぞってみるが、顔を近づけてよく見てみるとそれがしみではなくてしわであることがわかる。それはずいぶんいびつな形をしていた。目の外側から五ミリくらい離れたところにあり、指の爪くらいの大きさで数字の3を縦に伸ばして逆にしたような形だった。歯ブラシを口に突っ込んだままいろいろな表情を作ってみると、ひとつの表情がそのしわにぴたりとマッチした。それは筋肉の微妙な力の入れ具合を必要とする表情で、鏡の中の顔はひどく苦しんでいるように見え、目の周りの筋肉は軽い痙攣を起こしていた。しわがついたのはおそらく寝ている間。ぼくはさぞ嫌な夢を見ていたのだろう。

もう一度左手でしわをなぞってみる。何度か触っているうちにその存在にも幾分なれてくる。まあ、家に帰ってシャワーでも浴びればなくなるだろう。ぼくは幾分楽観的に見当をつける。口から泡がこぼれてきたのを機に台所の流しへと向かった。

うがいを済ませて再び部屋に入ろうとすると、正樹が昨晩使った食器を重ねて部屋から出てきた。ぼくらは互いに身体を半身にしてそれぞれ通路を開ける。賢三は空き缶をビニール袋に詰めていた。ぼくもそれを手伝った。

「正樹、時刻表は?俺そろそろ帰るよ」片づけが終わった後ぼくは言った。正樹が掃き終わった床に腰を下ろしながら言う。「そこのかばんの中」ぼくはすぐに見つけ出し、電車の発射時刻を調べる。「一時三十五分。今から行けば丁度だな」賢三が後ろから声をかける。「俺ももう帰るよ。俺の時間は?」ぼくと賢三では住んでいる方向が逆だ。ぼくが登り方面。賢三が下り方面。「五十分」賢三は少し迷ってから言う。「じゃあ俺は一服してから出るよ」賢三はその言葉を言い終わるか終わらないかのうちにすでに煙草に手を伸ばしていた。そしてライターで火をつけ、ベランダから外の様子を眺める。正樹が思い出したようにぼくに尋ねる。「カードのことはどうするんだ?」ぼくは思い出して幾分うんざりしながら答える。「家に帰ってから考えるよ。」じゃあな、と言ってぼくは立ち上がって玄関へ向かう。後ろから二人の声がする。「気をつけて」「またな」ぼくは靴を履き、ドアを閉めながら言った。
「ああ、また来週」 

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